2006年09月04日

ペシミストのオプティミズム

タイトルで頭いい人を気取ってみた。
単に難しい言い方がとっても好きなだけです。


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悲観主義者の楽観主義。
絶望の先の希望。
反語とは、まさにそういう曲ではないかと、思う。
大仰にそう言ってはみたものの、
実際にはまさにそういった部分を持っている、のが正しいかもしれない。

『絶望を知らないものに希望を語ることは出来ない』
と作詞者に言わしめたものは一体なんなのか。

『希望を語り喜びを歌い 君は生きる 命の限り』
君とは私の投影。
どんなに辛い感情に支配されても、たった一つを忘れなければ歩いていける。
いや、そうせざるをえない。

共感は得られずともいい。
ただ時折この曲を聴き返してはそう思わずにはいられない。
絶望に揉まれて溺れ、もがく。
そして
『君の絶望はどれほどか』
『どれほどの悲しみを君はたえたか』
『憎しみの激しさにためらいと迷いに君は身を焦がしたか』
私を投影させた君に辛く問いかける。
その先にある『生きる』決意。
高らかに君が、命が、『芽吹き』『喜び』そして『愛し』『出会い』『歌う』。
その、燃え尽きる時まで
『人を愛し 信じあうために 君は生きる 命の限り』

この作詞者・片岡輝先生のの絶望とは一体なんなのか。
作曲者・新実徳英先生の絶望とは一体なんなのか。
『青春のネガティブ』と銘打たれた曲集の最後に置かれたこの曲の意味。
そしてこの曲を歌った僕らの絶望とはなんだろうか。
その希望とは?
posted by HAL at 03:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 合唱 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
『青春のネガティブ』の全部の詞と譜を読み直してみたら、今になってやっと反語の詞の意味がなんとなくだけど分かった気がする。
crescやfの意味、ハミング、アーの部分、そして指揮者の注意メモの意味がようやく飲み込めた(遅すぎ;)
Posted by けい at 2006年09月04日 09:45
…orz
Posted by HAL at 2006年09月04日 18:59
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